最近子どもを連れた親が黙ってスマホに集中している、又は子どもの話しかけに応答しても目線と指先はスマホに集中している光景をよく見かけます。そんな親の横にいる子どもは、大人しく座っている子もいれば一生懸命話しかけている子もいます。こうした親の行動は先月の記事で述べた愛着(アタッチメント)の観点で大きな問題があります。
子どもは親に話しかけ相手にしてもらえないと「ねーねー!聞いてよ!」と声を荒げ、アタッチメントが得られないことに「抵抗」します。それでも対応してもらえないと子どもは親のアタッチメントに「絶望」します。そして最終的に諦めてアタッチメントから「離脱」します。離脱は愛着の対極です。離脱の状態に入ると子どもはアタッチメント行動を求めず静かにしています。この時、子どもは不貞腐れているのでも、怒っているのでもなくただ諦めてしまっているだけです。抵抗→絶望→離脱のプロセスは虐待時の精神的な変化と同じためスマホネグレクトと言って警鐘を鳴らす精神科医もいます。
スマホに夢中になって一生懸命話しかける子どもの相手をしないのは論外ですが、スマホを触りながら応答した場合も放っておくのと同じです。アタッチメント行動は、目を合せて、心を向けて、愛情を持って、その子だけに向けた時に初めて満たされます。「ながら」では無視と同じです。子どもにスマホ持たせて静かにさせる行為も「養育の放棄(アタッチメント形成機会の放棄)」という観点でネグレクトに分類されます。
スマホネグレクトの問題は自覚の無さにあります。親は子どもの隣に座り何らかの応答らしきものをすることで、何となく形になっているので問題意識さえもないでしょう。また、子どもにスマホを持たせて静かにさせるのも、子どもが静かになるので問題意識を持てません。こうしたことから子育てにおいてスマホの使用は愛着形成に問題が起き得るという意識を持つ必要があります。
副園長:佐藤 毅佳